3. 友人は、セルビア難民


彼とは一年半前のカナダ旅行中に偶然、列車の中で隣り合わせになったことが縁で、以後交際が続いている。その時の状況から語り始めたら、少し長くなってしまうかも知れないが、挑戦してみよう。

私は、モントリオール駅での乗り換えが、上手くいかないで(駅員の何とも理解できない対応のため、決して私の語学の問題ではないと思う)時間をかなりロスしてしまい、予約の列車に乗り損ねかねない状況にあった。半分諦めつつもホームに駆け込むと、列車は発車寸前でした。私が飛び乗ると同時に、列車は何の合図もなく動き出した。

早朝6時台にも係わらず、私は汗びっしょりであった。自分の指定席を見つけて座ったら隣に彼がいたのである。

それから約3時間、ケベックに到着するまで、いろいろ彼と語ることが出来た。

彼は:

1.オランダに住んでいる。

2.17歳の時に内戦が理由で、セルビアから脱出してきた難民である。

3.現在オランダにある日系企業(日本精鋼)の、ロジスティック部門で働いている。

4.33歳の青年であるが、すでに10歳と8歳になる息子がいる。

5.奥さんもセルビア人で同じ会社の従業員である。

そう言うことも有ってか、彼は日本に大変強い興味を持っている。近い将来自分の家の庭に、日本庭園を造ることが夢である、と言って、すでに、灯籠、提灯、ひしゃく等の物色を始めており、池や鯉、鹿脅し(ししおどし)の研究も進めているらしい。日本に来て、いわゆる古来の日本の風景、神社、仏閣を見て歩くことが、ことのほか気に入っているようである。



        オランダ・ネストー宅の日本庭園


昨年日本を訪問したとき、私は彼に二日間、東京見物(明治神宮、東京タワー、浅草仲店、隅田川クルーズ、浜離宮、皇居)と、江ノ島・鎌倉の散策に同伴した。私は東京まで何十年も通勤していたが、明治神宮や、隅田川クルーズは初めてであった。

そして江ノ島も、初めての訪問であり、鎌倉は一、二度行ったことがあるが、大仏を始め多くのお寺は初めての訪問であった。

今回も二日間同行した。一日目は、高尾山とお台場のレインボーブリッジ。

二日目は、御嶽山と新宿の紀伊國屋書店。高尾山は若い頃、良く歩いたが、頂上付近にある昔の同僚が経営する茶店を訪ねたのは、初めてであった。お台場に行くことも初めてで、レインボーブリッジに遊歩道があって歩けることは知らなかった。

御嶽山も初めてケーブルカーで登った。オランダ人が日本へ来て、どうしてこんな所へ行きたがるのか判らないが、行ってみると日本人の数に比べて、外国人の数が多いことに気が付いた。外国人向けの東京案内には、御嶽山が取り上げられているのかも知れない。

紀伊國屋書店に行ったのは、彼が、日本語を勉強するにあたり、適当な教材、参考書が欲しいと言うからである。行ってみると、彼のように日本語を勉強したい人向けの教材、参考書が沢山あることが判った。そして多くの外国人がその様な本を求めて、次々に来ていた。彼と歩くことで、普段は気付かない、外国人の目から見た日本について、知ることが多い。この様に、自分が案内すると言うよりも、一緒に訪ね歩くと言った方が良いかも知れない。

言葉について言うなら、彼は、セルビア語、ロシア語、オランダ語、英語を操る。セルビア語は、ネイティブ。ロシア語は、学校で学んだ。オランダ語は通常の仕事で使い、英語はEU内の社員が集まる会議で使うと言うことだ。職場のロジスティック部門にいると、西欧、東欧の様々な国から、集配業務のトラックが出入りする。そんな時、運転手達と会話までは出来なくとも、何を言っているか位は理解できることが多いので、彼はすぐにかり出されるらしい。この調子だと日本語の習得も、さほど遠くはないかも知れない。

前記の通り、彼は難民としてオランダに逃げてきている。今日に至るまで様々な苦労があったようだ。現在は、オランダの国籍を取得し、二重国籍になっているから、世界中どこへ行くのも問題ないようであるが、セルビアへ帰国するときは、気を遣うという。それは、セルビアには徴兵制度があって、彼はそれを忌避しているとみなされるらしい。しかしこの義務も34歳までだから、あと一年経ったら心配なくなると言う。



                          高尾山


ロシアの話になった時の彼(ネストル君)の反応を紹介しよう。

ネストル「モスクワの地下鉄の駅は大変素晴らしく、美しく豪華である。しかも一つ、二つではなく、全部の駅がそうである」

「ロシアの件で一つ聞きたいことがある。先日トルコへ観光に行くときに乗った、アエロフロ−ト機内で隣り合わせたロシア人の女性が、“ソビエト崩壊後のロシアの国内情勢はひどく混乱している。マフィア、汚職、ドラッグ等が横行し、一部の人だけが金儲けしていて、庶民の生活は悪化している”と言っていたが」

ネストル「マフィアの問題はどの国にも存在しており、大きい国であればあるほど、大きく影響している。例えばアメリカだが、9.11後、アフガニスタンを攻撃し、イラクを攻撃した。この背後にマフィアの存在があることは、疑いの余地のないところではないか。ことほど左様にマフィアはロシアだけの問題ではない。ソビエト崩壊後の田舎の暮らしは、さほど変化がないが、都会の暮らしは混乱しながらも上昇しつつあると思う。そして特にプーチン大統領は聡明である。ロシアの経済は急速に発展して行くであろう。」

と言って、ロシアに対しては驚くほど好意的であった。

ソビエト崩壊後のロシア社会をどのように感じ、見ているか人それぞれ異なることを知ることとなった。

そして彼は、アメリカに対しては非常に厳しく、嫌悪感さえ抱いているようである。

ネストル「だいたい、アメリカは、言っている事と、やっている事が全く違う。人権問題、利権問題、環境問題等、色々なところでそれは言える。第2次世界大戦終了時に、広島、長崎に原子爆弾を投下して、十万人余の非戦闘員を殺したことも、人道上から考えれば、言語道断である」と。

彼の宗教はキリスト教であるが、カソリックでも、プロテスタントでもなく、オーソドックス(ギリシャ正教)だという。そしてキリスト教、イスラム教は平和を唱えながら戦争ばかりしていると嘆いていた。

セルビア経済は立ち後れていて、国民所得、物価はEUの十分の一位である。最近では冬になると、EUの国々から多くの人々が、セルビアへ家族でスキーや雪遊びにやってくる。その方が大変安価に遊べるから。

彼は「セルビアから色々なものを輸入して、EU内で売りさばく輸入業を立ち上げたい。数年前、一度始めたが、セルビアの政権が変わった為、続行が困難になり、中止に追い込まれた事がある。セルビアがEUに加盟すると、物価が急速に上昇するので、それまでの間がチャンスだ」と考えている。たくましいセルビア難民である。

拡大し続けるEUへの流れ、つまり共産主義体制から資本主義体制への移行は、資本論ではどのように位置づけられるのであろうか。ソ連流の共産主義化は、資本論で説く過程とは異なる試みであったとは言え、少なくとも、共産主義社会化への一つの実験は、失敗に終わったと見て良いであろう。



                                 お台場のレインボーブリッジから望む


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