7月26日(土) AM6:00、起床。 AM6:30、久しぶりに妻とスカイプが繋がった。時差の関係とWi-Fiの状況が一定せず、接続できない事が多い。 AM7:00、朝食。いつもの定番メニューで10ソル(380円)。 AM7:30、ポメラを叩いて日記を書く。 AM9:10、本日は日帰り旅行である。チームメイトのクリスが、腹痛で今日の旅行には参加せず、ホテルで休養することになった。自由行動が取れるスケジュールは高齢者には有り難い。 我々は、此処クスコを拠点に、マチュピチュへ1泊2日で行ったり、オリャンタイタンポへ日帰りしたり、アマゾン・ジャングルへ2泊3日で出かけたりしている。従って、大きな荷物はホテルに置いておけるので随分助かる。 今日から新たに3人が合流し、ツアー・グループは10人になった。その内の9人とガイドを乗せて、我々の車は出発。 AM9:50、ある個人的に運営している動物保護園に立ち寄った。ここには、傷を負って本来の場所では生きていけない動物を保護し、育てている。この中に数羽のコンドルがいて、間近に見ることが出来た。 係員のサービスでコンドルを数百メートル離れたところから飛ばしてくれた。その時は、コンドルが私の頭にぶつかるのではないかと思うほどの低空を飛んでいった。一瞬の出来事であったので旨くカメラに収められなかった。 AM10:50、銀製品の多い貴金属店へ立ち寄る。男どもは、ほとんど関心を示さないが、女性群は熱心に見て回っている。オーストラリア人夫婦の夫も、私との立ち話で「私は、装飾品を見ても、全くその価値が分かりません」と言う。 暫くすると、妻が銀製のブレスレットを持ってきて、これを欲しいと言っている。夫は「これから私の苦しみが始まる。カードを持って来たのは私だけですから」と言って笑っていた。私は「でも、これで奥さんのあなたに対する愛は、この先1週間、確かなものになりますよ」と言ってあげた。 AM12:00、ピサック(Pisaq)に到着。5000m級の山々に囲まれた此処「インカの聖なる谷Valle Sagrado de Los
Incas」には、クスコをはじめとする、インカ帝国の中枢をなした遺跡や村が残されている。 インカの聖なる谷 壮麗な谷間に美しく整備された石造りの棚田を目の当たりにして「インカが残したのはマチュピチュだけではありませんよ」と、言われている様な気がした。何枚かの写真を撮ってきたので、後でじっくり見たいと思う。 ピサック・1(段々畑) ピサック・2 ピサック・3(水場) PM2:00、昼食。露天の屋台を見つけ、そこで1皿注文した。出された料理は、昨日、マチュピチュの市場で食したものと似ていた。只、豚の角煮に似たものが、チキンフライに変わっていた。3ソル(110円)。 私は旅に出たら、出来るだけ地元の料理を、地元の価格で味わいたいと思う。何処にでもある料理を、観光客向けの価格で食べさせられることは、私の主義に合わない。 それにしても、ここは日差しが強い。まず寒暖の差が大きいことは、承知しているが、昼間の日差しは、サングラスがないと、目が痛いほどである。紫外線も強いと思う。ペルー人の皮膚の色が、日本人の黄色に対して、褐色じみているのは、この差ではないかと思う。これはまた、ペルーが年間を通して、乾燥しており、雨や雲が少なく、太陽光線を遮るものが少ない事を意味している。 PM3:10、オリャンタイタンボ(Ollantaytambo)に到着。此処は、マチュピチュへの往復時に、列車で通過したところである。行きも帰りも多くの観光客がホームに立っていたことを覚えている。此処にはそれだけの人を寄せ付けるものがあるのだろう。 先ほど見学したピサックにも感動したが、こちらもそれに勝るとも劣らないスケールの遺跡である。我々は、ガイドの案内で100段以上の石の階段を、連続して3度も登っていった。息も切れ切れの状態である。 オリャンタイタンボ(300段の階段) 高台の広場に並んでいる6個の巨石をどうやってそこまで運び上げたのか、未だに謎であると言う。今日の我々は「聖なる谷」と言われる地域を見学している。 オリャンタイタンボ(広場に並ぶ6個の巨石) PM4:20、一連の見学を終えて、帰宅の途中で1軒の農家に立ち寄り休憩。そこで、色鮮やかなトウモロコシを目にした。ガイドは「また明日も、インカ・トレックを引率します」という。私は「毎月何回位、インカ・トレックを歩くのですか」と聞くと、「18年間に600回以上歩きました」と言う。仕事とは言え、ご苦労なことである。 色鮮やかなトウモロコシ PM7:00、ホテルに帰着。当初の予定では、6時には帰れるはずであったが、クスコの中心地に近くなるに従って渋滞が激しくなり、ほとんど動かなくなってしまった。明後日に独立記念日を迎えるためのお祭りが、アチコチで催されている事が一因らしい。そうでなくともクスコの地形は「すり鉢状」になっていて渋滞することが必然的なのに。 PM7:30、明日から、2泊3日でアマゾン・ジャングルを観光するので、その為の荷造りを行う。また、本当は、昨日の夕食後から、毎夕飲むことになっていたマラリアの予防薬を、今晩から飲むことにした。昨晩は、服用を忘れてしまったのである。 PM8:30、シャワーを浴び、アマゾン・ジャングルの予習を少々。 PM10:00、就寝。 7月27日(日) AM5:00、起床。昨夜も独立記念日を前にして、一晩中、花火が打ち上げられていた。大きな音が安眠妨害になることは考えないのであろうか。 AM5:30、久しぶりにスカイプで詩子と対面。電車が好きでその為に、佐倉へ行ってきたと母親の光子が言う。元気そうで何よりだ。 AM6:00、日記を書く。 AM7:00、朝食。10ソル(380円)。スクランブル・エッグは、注文してもしなくても、値段が同じである。 AM8:00、ホテル発。昨日から次の3人の女性が合流し、我々のパーティは10人になった。 マリナ・サンダース(Marina Saunders):オーストラリア人、フィジカル・セラピスト、太めのおばさん。50歳位。 アドリアナ・パサナンテ(Adriana Passannante)スイス人女性、28歳。小学校教員。 メラニエ・ゲルテイス(Melanie Gerteis)スイス人女性、30歳位、銀行員。慎重180cm。チューリヒ在住。 スイス人の2人は、車で20分位の所に住む、偶然の同郷であった。 AM8:00、手配の車でホテル発。今回は、ハイディも同行。クリスもお腹の具合が良くなって、一緒に出発だ。 AM8:30、クスコ空港着。予定のアビアンカ航空(Avianca)が、1時間半も遅れている事が分かり、急遽、スター・ペルー航空(Sta- Peru)に変更。 空港内の両替表を覗くと、1ドルが133円となっている。通常のマーケットでは、1ドルが102円位のはずだから、此処では、円がほとんど問題にされていないのだろう。「昼食までに時間があるから、サンドウィッチ位、買って置いた方が良いよ」と言うハイディの忠告に従って、大きめのサンドウィッチを1個購入。6ソル(230円)。 AM10:05、離陸。100人乗り位の綺麗な機内であった。実質35分間のフライトで、機内サービスは何もなかった。 AM10:40、アマゾン・ジャングル入り口の町、プエルト・マルドナード(Puerto Maldonado)の空港に安着。標高3600mのクスコから、一気に標高160mまで降りてきた。緑の木々に囲まれた空港に降り立つと、空気が柔らかく、乾燥した空気が原因で感じていた、喉の痛みが治ったようだ。空を厚い雲が覆っており、気温は20℃位か。暑くも寒くもない。 プエルト・マルドナードの空港 AM11:00、15人の我々とは別のグループの人達(全員が若い)と同じバスで、ホテルを目指す。空港を出てすぐの所にある小さな雑貨店で、水の購入を勧められた。大は小を兼ねると思い、3リットルのボトルと小袋に入ったマカデミアン・ナッツを購入。14ソル(530円)。予想の2倍の値段だ。バスは更に途中で、リマ在住のペルー人母娘(母親は高校の講師、娘は大学生。二人でよく旅行をしていると言う)をピックアップ。 AM12:00、全員がバスから降ろされたので、ホテルに着いたのかと思いきや、そこは、アマゾン川の船着き場であった。 アマゾン川・1 AM12:30、総勢40人は、ライフジャケットを着せられ、モーター付きのカヌーに乗せられて出発。船は細長く、両側から足を延ばすと、ぶつかる狭さである。船上は川風と波しぶきが当たり、肌寒い。川上に向かっているのか、川下に向かっているのか、分からない。 モーター付きのカヌーで アマゾン川・2 多分、川上に向かっているのであろう。(後で確認したら川下であった!)このくらいの川になると、ナイル川やメコン川と比較したくなる。そして、この辺の川幅は、300mなのか500mなのか、周りに比較する物がないので、見当が付かない。 アマゾン川・3 PM1:45、本日と明日の宿泊所、エコ・アマゾニア・ロッジ(Eco Amazonia Lodge)に到着。すぐに昼食。他はまずまず美味しかったが、スープはやはり塩辛くて飲めなかった。 エコ・アマゾニア・ロッジ PM2:30、ロッジの割り当てがあり、我々のグループにいる3人の男性で、1つのロッジ(ピューマ:Pumaと言う名が付いている)を割り当てられた。ジャングルに来て贅沢は言いにくいが、此処ではお湯のシャワーは出ない。電気は午後5時から午後10時までの点灯に限定されている。 ロッジ PM3:30、カヌーで川を渡り、中州にできたモンキー・アイランドへ見学に行く。中州には広い砂浜が広がっていて、そこにはまだ木々が生えていない。その部分は2ヶ月前にできたばかりであると言う。 モンキー・アイランド モンキー・アイランドの森を形成している部分を歩く。此処には5種類程の猿が生息している。此処の猿は人間を怖がらず、我々が近づいても逃げない。しばらく歩いていたら、誰かが急に後ろから抱きついてきた。私は一瞬「誰がふざけているのだろう」と思った。 モンキー・アイランドの猿 猿が後ろから ところが事実は、猿が後ろから私の肩に飛び乗ってきたのであった。それが分かった時、私はびっくりするやら、嬉しいやら、複雑な心境であった。他の連中は、またとないシャッターチャンスにカメラを構えている。 私は、猿を追い払うわけにもいかず、暫く猿の行動に任せるしかなかった。暫くすると今度は、ジョアンナの肩に飛び移った。彼女もひどく面食らっていた。 猿がジョアンナの肩に こうして、アマゾン・ジャングルに来た初日、大したハプニングもないと思っていた矢先に、私は猿から大きなプレゼントを貰ったような気になった。 帰り道で、現地ガイドから聞かれて「日本から来ました」と言うと、会話がフジモリ元大統領に話が及んだ。ガイドは「彼は歴代大統領の中で最も立派な大統領でした。今でも彼を尊敬している国民が大勢います。残念ながら部下の不始末の責任を取らされて、今は獄中です」と言っていた。日本人の私としては、本当に残念な事である。 PM5:30、ロッジに帰着。 PM7:00、ケイマン(ワニの1種)を見学するために、暗くなった中をカヌーに乗って出かけた。ところが、ケイマンは一向に姿を現さない。やっと2、3匹のケイマンを見たような気がするだけで終わった。何せ相手は暗い川の中から、目だけを出しているのだ。それも殆ど動くこともなく。 ガイドは懸命にサーチライトを掲げてケイマンを探していたが、今晩は、その努力は報われなかったようだ。私はアメリカ横断中に、巨大なワニ、アリゲーターが、水面から1m以上もジャンプして、餌に飛びかかるシーンを見ているので、今日のケイマン見学には物足りなさを禁じ得なかった。 PM8:00、ディナー。スープ、メインディッシュ、デザートのコースで出されたが、評価は以下の通り。 スープは珍しく塩加減がきつくなく○、 チキン、ライス、ベジタブルが載ったメインディッシュは、チキンが固くて大き過ぎたので△、 デザートに出された、甘いだけのケーキは× |