長ーい、プロローグ

1、「怪しげな旅行会社」

今回のツアーを申し込んだ会社に付いて書いておきたい。名称を「YPTYoung Pioneer Tour」と言う。インターネットで、シルクロードを検索している時にヒットした会社である。会社案内を読むと、北朝鮮へのツアーを得意としている、少し変わったツアー会社である。

その中に「シベリア鉄道を経由するヨーロッパツアー」と言う計画が発表されていた。日程表を見るとかなりエキサイティング。旅費もリーズナブルだ。一人で行く事はとても無理だが、連れが居るなら是非行ってみたい所である。

催行されるのは11月である。「シベリアは寒いだろうな」と、ひるむ気持ちもあったが、好奇心の方が勝ってツアーに申し込んだ。スタッフの紹介を読むと、英語圏出身者が多く、その中に数名の中国人が混じっている。

事務所は中国の西安にあり、たまたま中国で働いたり、留学したりしていた連中で5年前に立ち上げた会社である。私は5月の末に申込金を郵便局から送金した。入金されたとメールを受信したのは、1週間後であった。中国の銀行へは、ドイツを経由して行くらしい。時間が架かるわけだ。

2、ビザ事件

ツアー開始2ヶ月前の9月に入ってから、ビザや航空券の手配に取りかかった。今回の旅程で日本人にとってビザが必要となる国は、ロシアとベラルーシであった。ネットでビザ取得の方法を調べると、両国とも似たような書類に、ヴァウチャー(宿泊ホテルの予約書等)を添付して申請することになっていた。

私は、旅行会社にそれらのヴァウチャー(コピーでも可)を送ってくれるように依頼した。しかし、10日ほど待っても何の返事もこなかった。改めて催促のメールを送ると「ロシアのビザについてはxxx旅行代理店に依頼すると良いでしょう。ベラルーシのビザについては調査中である」との返事。

最初の送信メールから10日以上も経ってから、こんな内容のメールを受信しようとは思っても居なかったので、私は憤慨していた。

「私が待っていたのはヴァウチャーであって、今頃になって他の旅行代理店を紹介するとは何事か」と書き送ったが、帰ってきたのは、返事が遅れたことを詫びるだけで、事務の進展は全くなかった。私にとって、ヴァウチャー方式のビザ発行は初めての経験で、旅行会社の協力がなければ、取得できないと思っていた。

事態の打開策を教えてもらおうと思って、東京のロシア大使館に電話してみた。「今、手元にあるのは、旅程と手付け金の受領書だけですが」と言うと、「それをファックスで送ってください」と言う。

よい返事を期待して、暫くしてから電話を入れると「この書類ではビザを発行できません」という冷たい返事。「結局、私はロシアには旅行できないのでしょうか?」と訪ねた。

すると「しかるべき代理店に頼んだら如何ですか?皆さんその様にされているようですよ。と言うのは、明らかに同じ内容の申請書が沢山ありますから。こちらとしては形式が整っていれば良いのです。もし問題が発生したときは、旅行会社の責任であって、こちらの責任ではありませんから」と言う。

公式な発言をしながら、裏道を教えてくれる。これがロシア流なのか!私はこのアドバイスに希望を取り直して再びネットの検索に向かった。すると、ビザ取得の代行会社が東京にもあるではないか。「パスポートと顔写真1枚を送って頂くだけで結構です」と言う。

今度は「本当にそんなに簡単で良いのだろうか」と不安になる。公式な話とは全く違うではないか!しかし、私の心配をよそにロシアのビザ取得はすんなり進んだ。「蛇の道はへび」と言うが、裏には裏があるものだ。

次に私の前に立ちはだかったのが、ベラルーシのビザ取得問題である。こちらの申請様式もロシアと殆ど同じであるが、代行業者が見つからなかった。「今回の旅行は、やはり諦めるしかないのか」と思い始めた頃、YPTから「諸般の事情から、ベラルーシ行きは止めて、その分をモスクワ滞在に変更します」とのメールが入ってきた。

「今頃になってそんな事を言ってくるとは信じられない、随分いい加減な旅行会社だな」とは思うが、こちらとしては、困っていたのでこの変更で大いに助かった。

モスクワ滞在が延長になるのも良いが、「もし可能ならペテルブルクに行ってみたい」と思い、ネット検索を開始。モスクワとペテルブルクの間は、東京と京都ぐらい離れている。強行軍だが夜行日帰りなら可能であることが分かり、往復とも夜行列車で、ペテルブルク行きを予約した。

3、送金事件

ツアー開始の1ヶ月前になり、YPTから、「残金を送金して欲しい」と言ってきた。私はすぐに手付け金を送付した口座に残金を送った。1週間後にYPTから受信したメールには「銀行から送金の知らせがあった。有り難う。しかし、あなたが送金した口座は、事情があって今は使えないので、新しい別の口座に送金し直して欲しい」と書いてあった。

またしても考えられない事態が発生。自分で送金を依頼しておいて、口座の変更を知らせないとは。この旅行会社は本当に大丈夫なのか。不信感が一挙に吹き出した瞬間である。最悪の時は、金だけ取られてドロンと言うことも考えられる。

私は「そんな大事なことを何故事前に連絡しないのか!」と、抗議のメールを送った。それの返事は「ごめんなさい。私はあなたが送金してくることを知りませんでした」と言う幼稚な言い訳であった。この時の私の心境は「進むも地獄、退くも地獄」であった。どちらの地獄を選択するのか。

私には「退く地獄」を選択する自由もあったが、敢えて「進む地獄」を選択し、郵便局へ行って、送金先の変更を願い出た。郵便局員は「その内、本局から何らかの連絡があると思いますので、そうしたらお宅に連絡します」との事。至極ごもっともな話である。

1週間後、本局から直接私宛に書類が送付されてきた。曰く「別の口座に再送するか、返金の手続きをしてください」と。私は最寄りの郵便局に出向き、再送の手続きをした。1週間後、YPTから「入金しました。有り難う」とメールが入った。もう、出発の10日前の事である。

4、出発前の確認

私はこの時になっても、まだ最初に合流する日時、場所を知らされていなかったので、それを教えてくれるようにメールした。返事は「来週の月曜日に、必要な情報を一斉に送ります」との事。

ところが、その月曜日が過ぎたのに、何の連絡もこなかった。私は火曜日に「月曜日に送ると言っていたのに何も来てないぞ!」とメールした。返事は「私はその担当ではないので知らない。その内、誰かが送るはずです」であった。

「私は、そんな無責任なメールを待っていたのではない」と送りつけると、「そんな積もりではありませんでした。連絡を取って、今日中に送らせます」との事。何処までもいい加減である。

翌朝、メールを開くと添付書類が送られていた。読むと明らかに日時が間違っている。私にせっつかれて大急ぎでタイプし、見直しもしないで送りつけたような内容である。私は間違いを指摘して送り返した。その返事が「申し訳ありません、間違っていました」とのメール。

私が、こんないい加減な旅行会社に遭遇したのは初めてである。北京でスタッフに会ってみて分かったのだが、会社とは言っても、実体は同好会の様な物であった。一人一人はむしろ好感の持てる青年達だが、生憎、会社組織として見ると、未だヨチヨチ歩きの段階である。只、「騙されていたのではない」ことが分かってほっとした。

プロローグ、終わり。

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