2.ロンドン(その1)



93日(木)ロンドンの気温:18



いよいよ出発の日が来た。3月にニュージーランドへ向かった時は、最悪の健康状態であったが、それに比べるとずっと良い状態だ。朝5時に起床。545分、妻に佐倉駅まで車で送ってもらう。61分の佐倉発、快速電車、成田空港行きに乗る。成田空港に近い事の便益をしみじみと感じる。多くの人は、この時間のフライトだと空港近くのホテルに前泊しなければならない。埼玉から今朝4時に出て来たと言う人は、「寝坊するのが怖くて、昨夜は徹夜しました」と言っていた。



電車に乗ると、対面の席にキャビンアテンダントらしい身なりの女性が、イヤホンを耳にしたまま、半口を開いて寝ていた。早朝の出勤だし、さぞお疲れでしょうと、同情すると同時に、美人のこういう姿は余り目にしたくないと思いながらも、つい気に成ってずっと観察している自分が居ました。



9時のフライトだから、空港には7時に来ればよいのだが、丁度良い時間の電車が無く、6時半に来てしまった。しかし成田空港はこの時間、まだ閉店状態であった。チケット交換のカウンターも、飲食店も閉じたまま。手頃な椅子に腰掛けて、皆さんのご出勤を待つ事にする。



午前7時になると同時に、空港内は、一斉に動き始めた。この時間に到着するJR線は無いのだから、皆さんは、京成線を利用出来る人か、近くのホテル、自宅、寮、社宅から来られる人だと思われる。



まず、Eチケットを搭乗券に変えるべく、アシアナ航空のカウンターに行ってみたが、受付の係りが居らず、頭上のモニター画面に、「ビジネスクラスのカウンターへ」と言うメッセージのテロップが流れていた。人手が不足しているのだなと思いながら、ビジネスクラスのカウンターを探す。そこには既に10人ほどが並んでいた。



待っている間に、実際にビジネスクラスに登場する人を、近くのカウンターに招いて、優先的に手続きを始めているのが伺えた。暫く順番を待って手続きが終了すると、「次回からはエコノミークラスのカウンターで手続きをお願いします」と言われた。この一言は何故か私の心に引っかかっている。



読者もお気づきだと思うが、何かこちらに落ち度があったかのように聞こえるのだ。お宅の都合でビジネスクラスのカウンターに並んだつもりが、「此処は、あなたの様に格安航空券を持った人が並ぶところではありませんよ」と念を押されたような言い方だ。争いごとを避けたい小生としては、こんな事で腹を立てたくないが、とても気になる一言であった。



空港内の銀行で若干の両替をした。現金よりもトラベラーズ・チェック(T/C)の方が交換レートは有利である。しかし、手数料が7月から2%にアップしましたと言う。前回ニュージーランドに行った時は、1%で済んだのに。誰が何処で決めるのやら。金融関係の手数料は、年々上がっているが、何時も一方的に決められて、何か治外法権的に押し付けられる感じがする。



さて、結果的には、もう1時間遅い電車で来ても十分間に合ったと思われるほど、時間に余裕があり、朝飯を取っていない事もあって、気持ちとしては余りハッピーなスタートではない。



AM9:00過ぎ、飛行機は、ほぼ定刻に離陸。私の隣人は韓国語の新聞を読んでいる事から、韓国人女性だと推測できる。私は韓国語がまるきり分からないから、声を掛けようにも、ためらいの方が大きい。彼女は日本語か英語を話せるのかしら。キャビンアテンダントとのやり取りはバリバリの韓国語だ。アシアナ航空という韓国の会社だから当然と言えば当然なのだが。



機内食が済んで、一段落したころ、隣人は電子辞書を取り出して、キーを叩いているのをきっかけに声を掛けてみた。英語は出来ないが、日本語なら幾つかの単語を並べるぐらいのことが出来るようだ。「筑波の親戚の家に行ってきた。介護関係の専門学校に行っている30歳になる韓国人女性。住まいは釜山」と言うことが分かった。



少し打ち解けてくると、彼女は、たどたどしく平仮名を書いて見せ、100字ほど自ら書いた漢字の紙を広げて、読み方を聞いてきた。私が読み上げると彼女はハングル文字で、すばやく書き取っていた。そのうちに、彼女の隣に座っている日本人女性も会話に参加してきた。



日本人女性は「上智大学ロシア語科3年生。NPO法人主催のボランティア活動に参加している。イギリス・ウェールズ方面の田舎で、道路の整備に従事する為に、ロンドンに向かっているところ。滞在期間は3週間」だと言う。「去年は友人と二人でロシアを旅行した。言葉の点で大変苦労しました」と言っていたが、若いのに、しっかりしている。「学費も旅行代も全部アルバイトで稼いでいる」という。



こんなにしっかりした女子学生が、一方で就職活動に大きな不安を感じていた。「今年挑戦した先輩達が、ことごとく就職に失敗している」と言う。「姉も就職したにはしたが、内定の時に聞かされた初任給が、実際に貰って見たら、ものすごく少なくなっていてショックを受けている」と言う。日本経済の現実を、希望に溢れているべき、こんなに、はつらつとした学生から聞くとは思わなかった。



約2時間のフライトで韓国のインチョン空港に安着。此処では2時間のトランジット。アシアナ航空を乗り継いで、ロンドン行きに乗り込むと、お隣は日本人ご夫妻。「大阪から来ました。現役のころは、ロンドンに5年間駐在していた事のある会社員。今回は写真でも取りに行こうかと、ウェールズ方面へ8日間の日程でドライブする」と言う。とても76歳には見えない、かくしゃくとしたご様子。



昼食に出された「プルコギ」なる韓国の伝統料理が大変美味しかった。どこかで一度食べたような気がしたが、はっきりと思い出せない。



PM1:30に韓国のインチョン空港を離陸した飛行機は、12時間後のAM1:30にロンドン、ヒースロウ空港(Heathrow Airport)に安着。現地時間では17時半になる。厳しいと聞いていた入国審査は何の質問も無くパス。しかし、荷物がなかなか出てこず、結局1時間以上の待ちぼうけ。地下鉄の乗り場を教えてもらい、今夜の宿になるYHAロンドン・アールスコート(London Earl’s Court)を目指す。



地下鉄で40分の道のりだから、羽田空港から東京駅までと同じぐらいだ。乗り換え無しで助かった。車内放送は聞き取りやすかったが、乗り過ごさないように地下鉄の路線図とにらめっこだ。YHAは駅から徒歩5分ほどで交通の便が大変良いところだ。



受付で宿泊カードを記入して部屋のキーを貰う。電子ロックのカード式だ。与えられた部屋は、地下1階の男性7人用であった。入室するとオーストラリア人青年が1人、荷物の整理をしていた。長旅と時差の関係で疲労困憊の私は、取り敢えずベッドで横になりたかった。



94日(金)



AM4時まで寝たら大分元気になった。これ以上寝られそうも無いので、談話室でパソコンを叩く事にする。受付を覗くと、30歳代と思われる男性が担当に付いていた。文字通り24時間体制だ。ご苦労様です。



7時過ぎに、受付に行ってインターネットができるか聞くと、できると言う。ワイヤレスなら最初の1時間は無料であると言う。早速試してみる事にする。ところが、なかなか接続まで行かない。近くにいた青年に助けを求めると、気持ち良く応じてくれた。



私のパソコンを次々と開いていく。日本語が理解できるのか不思議に思って聞いてみると、高校生の時に日本語を勉強し、日本にホームステイした事もあると言う。気が付いたら同部屋に居たオーストラリアの青年だ。



パスワードを入力する段になって、「後はどうぞ」と、入力を促された。「此処まで来れば、もう大丈夫」と思いながらパスワードを入力するが繋がらない。再度彼氏に助けを求めると、パ、パ、パ、とキーを叩いて「はい、どーぞ」だ。何がいけなかったのか問うと「大文字で入力すべきところが、小文字になっていたのでしょう」と言う。なるほど。そんな基本的な所で躓いている、おじさんでした。



此処まで書いた時に、パソコンが突然クラッシュ。このページだけが残って今まで書いたものが全て消えてしまったのである。おまけに、マウスが作動しなくなった。消えたものは回復しなかったが、何とか入力が出来るまでになったので気を取り直して、書き続ける事にする。



さて、ロンドンの初日目は何処に行こうか?予定では市内散策としてある。何処に行ってもいいのだが、とりあえず、地下鉄の乗り方が分からない事には何処にもいけない。そこで、地下鉄を使って幾つかの公園を巡ることにする。まず、ハイドパーク(Hyde Park)へ。アールスコート駅で一日乗り放題(但しゾーン1-2内)で5.60ポンド(約860円)の切符を買う。



                

       地下鉄−1                 地下鉄−2



こちらが初めての経験なのに、券売機の具合が悪く、何度やってもコインが戻ってきてしまう。コインを6個(6ポンド)入れると、6個とも出てきてしまう。最初はやり方が悪いのかなと不安になる。しかし何回かやっているとそのうちの3個だけが戻ってきた。諦めずに何度も入れなおしたらやっと完了。但し、つり銭は出てこなかった。電車に乗る前から券売機の前で格闘する事30分!



ハイドパークはロンドンで、最も大きな公園だ。歩いていると、リスが目の前に現れた。写真を撮ろうと用意しているうちに、大勢の人が寄ってきたためか、逃げてしまった。残念!YHA内に居ると温かいので、日本を出た時の服装で歩いていたら、寒くなってきた。雲は出ているが晴れ間も見えていて、良い天気だと思う。しかし風が冷たく中にはコート姿の人も居る。そうかと思うと、半袖の人も居たりして。



        

                ハイドパーク


此処へ来る電車の中で、隣に座っていた婦人に「ハイドパークへ行くところです」と言ったら「グリーン・パークも綺麗ですよ」と教えてくれた。後でそちらにも行って見ようと思っているうちに、いつの間にか「クイーンズ・パーク」へ向かっていた。地図を見ながら教えてもらったのに、どうも方向が違うと思いながら歩いてきたのだが。



人に聞いているうちに「グリーン・パーク」が「クイーンズ・パーク」に変化している事に気がつかなかったのだ。クイーンズ・パークは何処にでもある、ありふれた様子の公園でした。途中で、道を尋ねると、「そんな所へ何をしに行くのですか?」みたいに、怪訝な顔をしている人も居たっけ。



グリーン・パークにも行ってみたが特別な感動は無かった。ただ東京に比べると、公園が多いとは思う。しかし手入れの具合、美しさの点から比較したら、北の丸公園、新宿御苑、明治神宮御苑等の方が上だと思う。


           

              グリーン・パーク



お昼近くになったが、まだ腹が空かないので、もう一軒何処に行こうかと考えて、ブリットレイル鉄道(Rritrail)の駅へ行く事にした。明後日エジンバラへ向かう時の列車を予約してあるが、切符と交換しておきたいと思ったからである。切符交換の指定駅である、キングス・クロス駅(Kings Cross)の乗車券発行センターに行くと、大勢の人が列を成していた。



           

                キングス・クロス駅



「切符の交換は、出発当日の朝で良いや」と思っていたが、今日、前もって来て良かったのかもしれない。当日券とそれ以外の券に窓口が分かれていた。私の番が来て、インターネットで予約した印刷物を見せると、クレジットカードの提示を求められた。後は受け取りのサインをして一件終了。



窓口のおじさんが「他には?」と聞いてきたので「他の区間の予約も此処で交換できますか?」と尋ねると、OKだと言う。私は「それぞれ指定の駅に行かねばならない」と思っていたので、大変助かる思いがした。考えてみれば「鉄道技術が発達している国」と言われているイギリスで、それくらいの事は出来て当然だとも思うのだが。



一定の達成感を覚えて今日は宿舎に引き上げる事にした。昼飯を中華店で取ったが、焼きそばと、ジャスミンティーで約1000円なり。自宅で食べるインスタントラーメンのほうが美味しいくらいであった。隣で日本人女性二人が食事をしていたので声を掛けると「語学留学で来ており既に7ヶ月が過ぎました」と言う。しかし二人の会話は専ら、あのボーイフレンド、このボーイフレンドという話。余りにも、もったいない時間の過ごし方だと思う。



夜食のために、途中のスーパーで、食料を少々買い込んだ。時差の関係で、まだPM3時だというのに、もう眠い。シャワーを浴びて寝ることにする。目覚めたら、PM8時であった。食堂で買い置きの食料を食べていたら、アメリカのテキサスから来たという婦人が、元気一杯「今晩は!」と言って入ってきた。



彼女は「日本で合計10年間英語の教師をしていました。矢崎総業の社員に教えたり、イーオンの教室で教えたりしていました。10年間日本に居ても、日本語を話す事は殆どなかったので、話すことは出来ません」と言っていた。



95日(土)



5時ごろ目が覚めたので、談話室でパソコンに向かう。7時ごろまでキーを叩いていたのだが、気がついたら現在打ち込み中のページの他は全て消え去っていた。「そんな馬鹿な!どこかに隠れているはずだ」と思って散々探したが何処にも見当たらない。諦めるよりほか無かった。何年もパソコンを使ってきたが、こんな経験は始めてである。他人事には聞いていたが。



気を取り直して朝食に出かけた。「イギリス・スタイルの朝食」と看板が出ている店に入って、それを頼んでみた。出て来たのは、目玉焼き2個、中位のソーセージ1本、ベーコン数枚、煮豆が大皿に半分、トマト1個、バタートースト2枚。通常の朝食2人前であった。6ポンド(約900円)也。何とか頑張って完食したが、量的には前日に、サブウエイで食べた、モーニングサービスのサンドイッチ位が丁度良い。こちらは2ポンド也。



消えたドキュメントのショックで疲れがどっと出る。皆はそれぞれ観光に出かけたようだが、小生はそんな気になれない。お昼ぐらいまでパソコンと格闘して、やっと消えたドキュメントを諦める事にした。



さて今日は何処へ行こうか。取り敢えず、地下鉄に乗って、テムズ川を目指す。今日は、とうとう切符も自動販売機では買えず、窓口に並んで買う事に。自動販売機ぐらいまともなものを置いて欲しいよ!



地下鉄ディスクリクト(District)線のインバンクメント駅Embankment)で降りて、テムズ川沿いを歩く事に。駅から橋を渡って南岸に行くと、そこは路上パフォーマーが思い思いの衣装で、様々な演技を披露している。感心するものも多く、大勢の見物人に囲まれている出し物もあった。


          

             テムズ川沿いのパフォーマー



その後観光名物のロンドン・アイ(London eye)やビッグベン、国会議事堂を見ながら、ウエストミンスター駅(Westminster)まで歩く。地下鉄駅は大混雑だが、そこから大英図書館を目指す。マルクスが大英図書館で資本論を書いたと言われているので、一度そこに行って見たかったのである。大英図書館の受付でその旨を確認すると、「マルクスが通った図書館は、大英博物館の中にあります」との事。「残念でした」と言う思いと、「やっぱりそうか」と言う思いが半々であった。

            

             テムズ川とロンドン・アイ



大英博物館を訪ねるのは、またの機会にして、今日は帰る事にする。地下鉄キングス・クロス駅の混雑振りは異常であった。駅の構内が工事中の関係で、ピカデリー(Piccadilly)線がこの駅に止まらないからのようだ。明日は、エジンバラへ発つのに、まさにピカデリー線でこの駅まで来る予定でいたので、事前に分かって良かった。



でも、プラットフォームに人があふれて、積み残しが出るような光景は、日本でも見かけなくなったと思う。こんなロンドンなら決して来たいとは思わない。比較的、心地よかった地下鉄が急に嫌いになりそうだ。



時差の関係で、夕方になると眠くなり、朝は5時まで寝るのが精一杯、それ以上は寝ておれない状態と言う事もあって、部屋の人たちと会話をする事も無いが、食堂や談話室では会話の機会がある。



ここのYHAには、日本人も見かける。

1組目:関西から来ている兄妹。妹は女子大生で、兄は失業中。部屋は別々のようだ。ストーンヘンジを見てきたと言う。



2組目:男の2人組。青山大学3年生。一人は1ヶ月の語学留学中。ロンドン郊外にホームステイしているが、この週末は同級生が遊びに着たので合流している。サッカーが大好きで、明日は試合を見に行きますと言っていた。



3組目:フランス語科の女子大3年生2人組。イングランド北部の湖水地方で4泊して来た。しとしと雨の日が多かった。約1ヵ月半を使ってヨーロッパ各地を回り、間も無く帰国する予定。各国、各地のYHAに泊まって歩いたが、此処は良いほうです。朝食の出る処は厨房が無かったりします、と言っていた。



来る時に出会った上智大学の女性も大学の3年生であったが、就職活動を前にして、今が海外旅行のチャンスと言う事らしい。いずれも来るべき就職活動に話が及ぶと、急に現実の厳しさに引き戻され、顔が曇りがちになるのであった。



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